エンゼルケアとは、亡くなられた人と家族やスタッフが最期のお別れをするために、生前の元気だった頃の姿にある程度近づけ、身体を清めて衣服を整え、死後の世界へ旅立つ準備をするものです。
医療処置は医療従事者が行わなくてはなりませんが、全身清拭やメイクなどは家族が行うこともできます。では、実際にエンゼルケアを行う際に気をつけることについて見ていきましょう。
エンゼルケアのやり方とは?
エンゼルケアは、医療処置→全身清拭→分泌物ケア→着衣・エンゼルメイク→仕上げの順に行います。「医療処置」「全身清拭」「分泌物ケア」「着衣・エンゼルメイク〜仕上げ」の4段階に分け、それぞれのやり方を詳しく見ていきましょう。
エンゼルケアの医療処置って?
エンゼルケアで行う医療処置とは、それまで患者さんについていた医療器具があれば外し、体液や排泄物が外に出ないような処置を行うことです。医療器具を扱い、患者さんの身体に圧を加えるなどの処置を行うことから、医師や看護師などの医療従事者のみが行なえます。ただし、遺族が希望すれば、処置を少し手伝える場合があります。希望があれば、相談してみましょう。
まず、メインで処置を行う医師や看護師は感染予防のマスク・ガウン・手袋を着用し、これから最期のケアをさせていただくという意味で合掌します。遺族がお手伝いする場合も、やはり感染予防のためマスクが必要です。心電図モニターなどの医療器具や、酸素マスク・点滴ルートなどのチューブ類を外し、ペースメーカーを挿入されている場合、医師によって抜去・縫合します。その後、傷や点滴の痕を絆創膏でカバーします。
次に、体内の内容物が途中で体外に排出されてご遺体やベッドが汚れないよう、あらかじめ排出しておきます。胃の内容物・尿・便についてそれぞれ以下のように行います。
- 胃の内容物
- ご遺体を、右側を下にして横向きにし、口を開く
- 膿盆を頬に当て、心窩部を押して胃の内容物を排出する
- 尿
- 便器や紙おむつを陰部に当て、身体を仰向けにする
- 下腹部の陰部に近い骨(恥骨)を押して膀胱を圧迫し、残った尿を排出する
- 便
- ご遺体を、左側を下にして横向きにする
- 腹部を「の」の字を描くように圧迫し、直腸内に残っている便を排出する
エンゼルケアの全身清拭って?
全身清拭は、一般的には施設スタッフが行いますが、遺族が希望すれば行えます。希望があれば、相談してみましょう。基本的には顔から始まり、全身を上から順に清拭していきます。
- 顔
- 清拭タオルで顔全体を拭き、眼脂(目やに)を取り除き、目を閉じる
- 目が閉じにくい場合は、ティッシュペーパーを1cm角にカットし、眼球の上に乗せて瞼を合わせる
- または、二重瞼用の接着剤を瞼の内側に薄く塗り、瞼を合わせる場合もある
- 口腔
- ガーゼや歯ブラシ、スポンジなどを使い、口腔内の清拭をする
- 舌の上も丁寧に拭き、最後は口腔内に残った水分をしっかりと拭う
- 唇の乾燥が気になるときは、リップクリームやワセリンを塗る
- ※顎は死後硬直が初めに現れるので、口腔ケアが終わったら早めに義歯を入れる
- 頭髪
- ドライシャンプーや洗髪をする。汚れが気にならない場合はしなくてもよい
- 残り全身の清拭
- 両手→胸腹部→足→背部→陰部の順で、全身を丁寧に清拭する
エンゼルケアの分泌物ケアって何をするの?
分泌物ケアとは、体内に残った体液などの分泌物が不用意に排出されないよう、綿を詰めていく処置です。口腔ケアの後、全身清拭の前に行うこともあります。鼻→口→耳→陰部→肛門の順に、割りばしまたはピンセットを使って綿を詰めていきます。割りばしを使う場合、皮膚や粘膜を傷つけやすいので、とくに注意して行いましょう。
脱脂綿は水分を吸い、青梅綿は油を弾く性質がありますので、詰めるときは脱脂綿→青梅綿という順番で詰めますが、脱脂綿がないときは青梅綿だけでも構いません。
- 鼻
- 鼻の先端を少し持ち上げ、綿が鼻腔の奥から喉に向かうように詰めていく
- 鼻腔にまで詰めてしまうと外観を損ねる場合があるため、詰めすぎないよう注意する
- ※鼻の付け根が膨らんで見えたり、鼻の穴から綿が見えたりする状態は詰めすぎ
- 口
- 舌を巻き込まないよう指で押さえながら、綿を詰めていく
- 綿の量や気道の太さにもよるが、およそ20cm程度の綿で喉の奥の方まで詰められる
- これも舌の付け根から綿が見えたら詰めすぎなので、気をつける
- ※ご遺体が痩せすぎていて生前のイメージとかけ離れる場合、口角の内側に少し綿を入れ、頬に膨らみをもたせることも
- ※この場合も入れすぎに注意し、慎重に行う
- 耳
- 浸出液、出血の可能性がある場合のみ、脱脂綿を軽く詰める
- 陰部(膣:女性のみ)
- 身体を仰向けにして綿を詰めていく。約7cm程度の綿で塞げる
- ※ここでしっかり詰めておくと、尿道を圧迫でき、尿道に詰める必要がなくなる
- 肛門
- 身体の左側を下向きにし、綿を詰めていく
- 綿の量や直腸の大きさにもよるが、およそ20cm程度の綿で肛門から直腸までを塞げる
最後に、紙おむつまたは尿パッドとT字帯をあてますが、遺族によっては普通の下着の着用を希望する場合もあります。基本的には排泄物の処置や綿詰めが終わっていることから、分泌物が体外に出ることはないと考えられますが、普通の下着を希望された場合でも、尿パッドは念のためあてておいた方が良いでしょう。
エンゼルケアの総仕上げでは何をするの?
エンゼルケアの総仕上げでは、ひげ剃りや爪切りを行い、衣服を着せるなど最終的な外観を整えます。まず、男女ともに手足の爪切りを行い、男性の場合はひげ剃りも行います。ひげ剃りには電気シェーバーや二枚刃の剃刀などを使うと、皮膚を傷つけにくく美しい状態を保てます。
そして、衣服を着せます。一般的な和式の白装束の場合、襟は左前に合わせ、紐を女性はへその高さ、男性は腰骨の高さで縦結びにします。宗教的にこだわりがなく、故人の好きな服を着せたいという場合は、衣類に合わせて整えます。その後、死化粧(エンゼルメイク)を行います。このとき、故人の気に入っていたメイク道具があれば使って構いません。
身体を自然な形に整え、両手をお腹の上に重ねます。合掌の形に整えることもあります。口が開いてしまう場合、枕を高くして丸めたタオルをあごの下に入れておき、口が開かなくなってからタオルを外します。
最後に、白い布を顔に被せ、末期の水を準備し、家族や親しい人に最期のお別れをしてもらいます。白い布やシーツは、遺族の希望があれば被せなくても構いません。
エンゼルケアのときの注意点は?
エンゼルケアの注意点は、どんな場合でも注意すべきことと、在宅で行うときに注意すべきことに大きく分けられます。それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
どこで行う場合でも注意すること
エンゼルケアを行う際、どこでも注意すべきことはやはり「ニオイ」です。ニオイ防止のためには、口腔ケアとその他の部分でそれぞれ予防策を講じる必要があります。
- 口腔ケア
- 口腔内に汚れがあると、早い段階で臭気に変わってしまう可能性がある
- 基本的には意識のない人に対するマウスケアに準じて口腔ケアを行う
- 無理に汚れを取ろうとして力を込めると出血してしまうこともあり、ご遺体の出血は止血しづらくなることから、なるべく刺激がないように汚れを取る
- オキシフルなどの過酸化水素水で消臭・消毒、洗浄したり、市販の洗口剤を使ったりするのも良い
- 顎関節部分の死後硬直は、死後1〜3時間くらいで始まるので、手早く行う
- その他の部分
- 腐敗防止のため、死後4時間以内、遅くとも6時間以内には冷却を始める
- ※例えば、監察医務院などでは、遺体の管理にベストな状態として室温4〜6度、湿度70%に保てる冷蔵庫を用意している
- とくに、気温の高い夏などの時期、敗血症や重篤肺炎、全身感染症、ICUなどで急性期に亡くなった患者さんなどは腐敗傾向が強くなるので、注意する
- 高熱が続いた、水分量が多い、肥満などの人も菌にとって好環境なため、腐敗速度が速いと考えられる
- 目や口その他の腐敗臭に対し、保清とともに室温を「やや寒いかな」と感じる程度に下げておく
- 身体の背面にある褥瘡は浸出液が出やすく、臭気が発生しやすいため、消毒してガーゼやラップでしっかり覆っておく
ご遺体からニオイが発生するのは、腐敗が進んでしまうからです。腐敗が進むのは雑菌によるものですから、まずは菌が活動しにくいよう、早い時間からご遺体の冷却を始めなくてはなりません。他にも、口腔内はニオイのもとになりやすい菌が多いことから、消臭・消毒ケアは非常に重要です。
また、腐敗臭に遺族が動揺してしまうこともあるのですが、誰にでも起こる自然な現象であり、ケアを行うのもごく自然な処置であることを伝え、安心してもらいましょう。
在宅で行う場合に注意すべきこと
患者さんまたはご家族の自宅でエンゼルケアを行う場合、上記以外にもいくつか気をつけなくてはならないことがあります。施設でエンゼルケアを行う場合は、基本的に施設側のルールで動くことができ、医療関係者などの協力も得られることから、時間や場所・器具などの手配がスムーズに進みやすいのですが、在宅ではそうはいきません。
在宅のときは「近親者だけでなく親戚など多くの人が集まっている」「そのため家族が来客対応に追われている」などの場合もあり、遺族がエンゼルケアだけに集中しにくい状況であるとも言えます。本来は家族のペースで行えるのが一番ですが、エンゼルケアには死後硬直や腐敗などの時間的制限もあることから、ケアスタッフ側がある程度促してエンゼルケアを進めていくことも必要です。
その他、在宅でのエンゼルケアに必要なこととして、以下のようなことが挙げられます。
- まず、エンゼルケア用のスペースを作る
- 在宅の介護スペースは、病院や介護施設のように整理されていない
- エンゼルケア用、そして家族が患者さんの近くに車座に集まれるようなスペースを作る
- 基本的にはエンゼルケアを行う人が最初に位置し、その後で家族に近くに来てもらう
- 家族など、最も近しい人がはじき出されてしまうとき
- スペースを作ったのに、集まった親戚や近所の人などが患者さんを取り囲んでしまうことがある
- 最も近しい人に向けて「これからお身体をきれいにしたいのですが、ご一緒になさいませんか」などと声かけをすると良い
- エンゼルケアへの参加を断られたとき
- 「とても大切な看取りの時間ですので、そのお手伝いをしたいのです」と率直に伝える
- あくまでも家族が主役であり、スタッフはサポートであるというスタンスをはっきり示す
- 直接身体に触れなくても、関わることがエンゼルケアになる
- 近しい人全員がなかなか直接清拭などに関われない可能性もある
- そのときは何かを取ってきてもらう、準備してもらうなどで関わりをもってもらうと良い
また、在宅でエンゼルケアを行う場合、亡くなられた時間帯によっては実際の死亡時刻と、死亡を医師が確認する「死亡診断」に最大で8時間程度のタイムラグが生じることも考えられます。しかし、死後の変化は死亡直後から始まってしまいますので、必要なケアは家族の了承を得た上で、すぐに進めていかなくてはなりません。
ですから、医師と事前に「すぐに死亡診断が行えない時間に亡くなられた場合、どうするのか」を相談しておくことが大切です。中でも、「冷却・乾燥対策・口腔ケア」の3つはできるだけ早めにスタートする必要がありますので、家族の了承を得た上で、応急の冷却や保湿ケア、口腔内の消毒・消臭・洗浄などをスタートしましょう。できれば、清拭や着替えなども死後硬直が進む前に済ませておきたいものです。
おわりに:エンゼルケアを行うにあたり、ニオイのケアは非常に重要
実際にエンゼルケアを行うとき、腐敗臭などのニオイはつきものです。とくに、口腔内に汚れが残っていたり、褥瘡などがそのままになっていたりするとそこから腐敗臭が発生しやすいため、早めにケアを行いましょう。
また、在宅の場合はエンゼルケアのスペースの確保、死亡診断前のケアなど、イレギュラーが多くなります。事前に医師とよく相談し、必要なケアを行う手順を決めておくなどの準備が大切です。
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