アルツハイマー型認知症は、認知症を発症した人のうち50%以上を占める非常にポピュラーなタイプの認知症です。すなわち、誰もがかかりうる疾患であることから、その原因については地道な研究が続けられる一方で、さまざまな憶測や推測も飛び交ってきました。
その1つが「アルミニウム原因説」です。この説が信じられ、一時期はアルミニウム製の調理器具が避けられたこともありましたが、そもそもこの説は正しいのでしょうか。
アルツハイマー型認知症にアルミは関係ない?
結論から言えば「まだどちらともいえない」という状態ですが、アルミニウムが確実にアルツハイマー型認知症の原因となる、という根拠もまたありません。研究においては「アルツハイマー型認知症に関連する可能性がある」とする研究と「関連はない」とする研究のどちらも報告があり、いまだに結論が出ていないのが現状です。
もう少し詳しく見ていくと、「関連がある」としている研究では、以下のようなことが関連性として挙げられています。
- アルツハイマー型認知症患者は、アルミニウムが含まれるベーキングパウダーを使った食品の摂取が多く、脳にアルミニウムの蓄積が認められた
- 飲料水中のアルミニウム濃度が高い地域、または慢性的なアルミニウムの暴露でアルツハイマー病の発症率が高かった
しかし、これらの「関連がある」とされている研究では、アルミニウム以外のアルツハイマー型認知症の発症要因とされている物質や、その他の飲食物の摂取量などが考慮されていない点から、この結果だけでは、アルツハイマー型認知症とアルミニウムの摂取量・蓄積量が関係しているとする根拠には乏しいとされています。
一方、「関連がない」としている研究では、以下のようなことが挙げられています。
- アルミニウムを多く含む医薬品(制酸薬)の摂取はアルツハイマー病の発症率や記憶力と関連しない
- 飲料水中のアルミニウム濃度はアルツハイマー病の発症率や記憶力と関連しない
- 職業的アルミニウムの暴露はアルツハイマー病の発症率や記憶力と関連しない
しかし、これらの「関連がない」とする研究では、アルツハイマー病に対するリスクの考え方に一貫性がなく、正確な研究結果とは言えないのではないかという問題点が指摘されています。
これらの研究から、WHOでは「アルツハイマー病の発症とアルミニウムの因果関係は完全に否定できるものではないが、アルミニウムの摂取が原因でアルツハイマー病を発症するという根拠もまた存在しない」としています。つまり、ざっくり言えばまだ研究が不十分でどちらとも言えない、ということなのです。
透析脳症にはアルミニウムが関係している
では、アルミニウムが全く人体に影響を及ぼさないかというと、そういうわけでもありません。かつて、1970年代に人工透析療法を受けていた患者さんが、その腎障害のために透析液中に含まれたアルミニウムを尿として排出できず、脳にアルミニウムが蓄積し、認知症の症状が現れた、という報告がありました。
通常、アルミニウムは、健康な人の体内に血中濃度を変化させるほどの量が入ることはなく、仮に食品や飲料水から体内に侵入したとしても、腎臓のろ過・排出機能によって余分な量はすぐ体外に排出されるため、脳に影響を及ぼすほど蓄積することはまずありません。しかし、透析患者さんでは透析液から血中に直接アルミニウムが侵入しただけでなく、それをろ過・排出する機能がそもそも衰えていた、あるいは壊れていたことから、排出できなかったアルミニウムが脳内に蓄積されてしまったのです。
これによって発症した認知症は「透析脳症(透析痴呆)」と呼ばれ、研究が進められた結果、体内にアルミニウムを一定量以上取り込むと、腎機能障害があるため脳内にアルミニウムが蓄積され、神経毒性症状を引き起こすことがあるとわかったのです。つまり、この神経毒性症状によって、認知症の症状が現れたということです。
また、この現象はアルミニウムに限らず、どんな成分であっても注射などによって直接、大量に体内に取り込めば、毒性を発揮することもわかっています。ちなみに、この出来事の後、透析液には改良がなされたため、現在では透析治療によって透析脳症を発症することはありません。安心して治療を受けましょう。
この出来事によって「アルミニウムはアルツハイマー病の原因なのでは?」という誤解が生じたこともあります。認知症の原因はアルツハイマー病だけではないのですが、アルツハイマー病は認知症の原因疾患の50%以上を占めるため、認知症とアルツハイマー病を同一視している人も多く、「脳内に過剰なアルミニウムが溜まることで、認知症の症状を引き起こすこともある」という事実が「アルミニウムがアルツハイマー型認知症を引き起こす」と誤解されたまま伝わってしまったのです。
しかし、「アルツハイマー病(と、それによる認知症)」と「透析脳症」は、脳の神経細胞の変化の形や変化の領域、症状として運動障害の出方やもの忘れのレベルなど、さまざまな部分で異なります。つまり、両者は全く違う疾患なのです。ですから、過去にアルミニウムが認知症症状(透析脳症)を引き起こしたことは事実でも、アルツハイマー病とアルミニウムが直接結びつく根拠にはならないのです。
食べものにアルミが含まれているって本当?
前述のとおり、そもそもアルミニウムは天然の土壌や水中、空気中の微細なちりなどに含まれています。これらのアルミニウムが野菜・穀類・魚介類、またはそれらを食べた肉類に含まれているほか、膨張剤・色止め剤・品質安定剤などの食品添加物に含まれており、これらを使った食品にはもちろんアルミニウムが含まれます。
とはいえ、健康な人では余剰のアルミニウムは腎臓でろ過され、体外に排出することができますので、食品から摂取する量でアルミニウムが過剰になることはまずありません。というのも、食品の安全性を評価する国際機関(JECFA)によれば、一生涯摂取し続けても健康への悪影響がないと推定されるアルミニウムの許容量は、1週間あたり体重1kgに対して2mgという、食品中の含有量からすれば非常に多い値が設定されているからです。
この値を基準とすると、体重60kgの成人で1週間あたり120mgまでアルミニウムを摂取しても問題ないと考えられます。これに対し、厚生労働省の調査によれば、もっとも食品摂取量が多くなる15〜19歳の青年期でも食品からのアルミニウムの総摂取量は1日あたり2.9mgです。つまり、1週間あたり20.3mgと推定されます。
ですから、よほど人の何倍も多く食べ、しかもアルミニウム含有量が比較的多い穀類や砂糖類・菓子類・インスタント食品などばかり食べている、というような場合でもない限り、食品中に含まれるアルミニウムの摂取で健康被害をもたらすことはないでしょう。しかし、もちろん腎機能障害のある人や臓器が未成熟な小児では、健康な成人と比べてアルミニウムを排出する力が弱いことから、菓子類やインスタント食品などは控えめにしておいた方が良いでしょう。
もちろん、こうした加工食品中のアルミニウムは人為的な努力で減らせるものですから、各国において取り組みが進んでいます。日本でも関連業界で食品加工に用いるアルミニウムの量を減らす努力がなされた結果、平成27〜28年度の東京都の調査によれば、洋菓子・中華菓子・スナック菓子などでアルミニウムの含有量が平成21年度の調査よりも減少していたと報告されました。今後も各所でアルミニウム低減化の取り組みは続けられていくでしょう。
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おわりに:アルツハイマーのアルミニウム原因説は確実とは言えない
かつて、透析脳症がアルミニウムの過剰蓄積によって認知症症状を引き起こしたことなどから、アルミニウムはアルツハイマー病認知症の原因物質なのではないかと噂されてきました。しかし、各国の研究によれば関連性があるという報告もないという報告もあり、どちらも決定的な根拠の発見に至っていません。
食品中のアルミニウム含有量は、健康被害がないと推定される量と比べて非常に少なく、健康な人ではまず心配のない量でしょう。
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