アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)とは、何らかの原因で脳が萎縮し、もの忘れをはじめとする記憶障害や、今どこにいて何時なのかがわからなくなる見当識障害などが発生する認知症として知られています。
近年の研究から、アルツハイマー病には、オートファジーという細胞の機能が関係していると言われるようになりました。オートファジーとは何なのか、そしてどんな研究からわかったのか、詳しく見ていきましょう。
オートファジーっていったい何?
オートファジーとは、ギリシャ語で自己を表す「AUTO」と、食を表す「PHAGY」から造られた造語で、1960年代に初めて使われました。クリスチャン・ド・デューブによって定義されたこの現象は、飢餓状態にある細胞が生きるために自己消化(自分の一部を分解)を行って栄養源を確保することだと理解されてきました。
飢餓状態のシグナルを細胞が認識すると、細胞の内部(細胞質内)に隔離膜が現れます。そして細胞質やミトコンドリア・小胞体などの細胞内器官や古くなったタンパク質を取り囲むように伸びていき、最後はすっぽりと包み込むように閉じて直径約1μm程度の「オートファゴソーム」と呼ばれる丸い袋状のものが形成されます。
包み込むものに関しては、選択される場合とされない場合があり、この理由についてはよくわかっていません。しかし、オートファゴソームが形成されると速やかに「リソソーム」というたくさんの分解酵素(タンパク質分解酵素や脂質分解酵素など)を含んだ細胞内器官と融合します。リソソームとオートファゴソームが融合した一つの袋は「オートリソソーム」と呼ばれます。
オートリソソームの中では、ただちにリソソーム内に含まれていた分解酵素がオートファゴソーム内に含まれていた細胞内器官やタンパク質をアミノ酸・脂質・糖に分解します。これらの成分は袋の外に出て、細胞内で再利用されるのです。オートファジーは「バルクタンパク質分解(バルク分解)」と呼ばれ、酵母などの微生物から動植物までさまざまな生物(真核生物:細胞内に核を持つ生物)に共通するタンパク質分解機構です。
最初に書いたとおり、オートファジーは長い間、飢餓状態における栄養源の確保だと考えられてきましたが、近年の研究によって、細胞内の不要となった物質を取り込み、分解して再利用する「浄化」の役割があることがわかってきました。とくに、人間を含む動物においては、通常の生活サイクルにおいて食事と食事の間でゆるやかにオートファジーが起こっています。
さらに、オートファジーはミトコンドリアや小胞体などの細胞内器官のターンオーバーや、細胞内に侵入してきた異物の分解や、細胞内に溜まるゴミの分解にも関係していることがわかってきています。例えば、細胞内に侵入してきた細菌をオートファジーによって分解し、感染症を予防しています。
細胞分裂をしない神経細胞にはゴミ(異常タンパク質など)が溜まりやすいのですが、このゴミをオートファジーで分解することで、アルツハイマー病やパーキンソン病、バッテン病などの神経変性疾患を防いでいます。そのほかにも、糖尿病・動脈硬化・痛風・がん・クローン病などもオートファジーによる「浄化」が防いでいることがわかってきたのです。
どんな研究でアルツハイマーとの関わりがわかったの?
アルツハイマー病とオートファジーとの関連性を調べたのは、理化学研究所の脳科学総合研究センター、神経蛋白制御研究チームです。彼らはアルツハイマー病の主な原因と言われている余分な、あるいは異常なアミロイドβペプチドがオートファジーによって分解・再利用されていることから、オートファジーの作用がないと細胞内に過剰なアミロイドβが蓄積され、アルツハイマー病を引き起こすのではないかと考え、その関連性について調べました。
まず、研究チームは「オートファジーの機能に関わる遺伝子(Atg7遺伝子)を欠損させたマウス」と、アミロイドβを過剰に蓄積させた「アルツハイマー病モデルマウス」を作成しました。そして、この2種類のマウスを掛け合わせ、「オートファジーの機能がなく、かつアミロイドβを過剰に蓄積したマウス」を作成しました。
そして、「アルツハイマー病モデルマウス」と「掛け合わせマウス」を20ヶ月齢まで飼育し、それぞれの脳内に蓄積したアミロイド班の量について調べました。すると、予想に反して、掛け合わせマウスの方のアミロイド班の蓄積量は、アルツハイマー病モデルマウスの約70分の1にまで激減していたのです。
この結果は、オートファジー機能を失った掛け合わせマウスでは、細胞内に蓄積されたアミロイドβが細胞外へ排出されず、結果として脳内のアミロイド班の蓄積量が減少したためと考えられます。つまり、オートファジー機能は単に細胞内でアミロイドβを分解・再利用するだけでなく、アミロイドβを細胞外へ排出する機能をも担っていると考えられるのです。
そこで、研究チームは次に、「野生型マウス」「Agt7遺伝子欠損マウス」「アルツハイマー病モデルマウス」「掛け合わせマウス」のそれぞれについて、15ヶ月齢まで飼育した後、脳内の神経細胞の様子を調べました。すると、掛け合わせマウスでは神経細胞が死滅し、脳が萎縮して重量も減少したことがわかりました。
さらに、モーリス水迷路試験という行動実験を行うと、掛け合わせマウスでは学習能力が低下し、記憶障害が発生していることも確認されました。つまり、典型的なアルツハイマー病と同様の症状が現れたのです。これはすなわち、掛け合わせマウスの脳内では、アルツハイマー病患者の脳内で早期から見られる特徴的なアミロイド班の蓄積が激減したにも関わらず、神経細胞の死滅、脳の萎縮、学習能力や記憶障害の発生など、アルツハイマー病に似た症状は現れたということです。
ですから、細胞内のアミロイドβに強力な毒性があるということは、紛れもない事実と言えそうです。これら一連の実験から、アミロイドβはアルツハイマー病発症のメカニズムを解明する上で非常に重要な標的物質であり、アミロイドβに関する実験を礎とした研究は、今後もアルツハイマー病の予防や治療に大きく貢献できると期待できます。
今後は、この新発見をもとに、オートファジーのうち細胞外にアミロイドβを排出する機構を調節している物質を特定し、その類似体を合成して解析するなどの実験が想定されます。アルツハイマー病の予防薬・治療薬の発見に結びつく可能性がある実験結果として、今後もさらなる研究の進展が待たれます。
おわりに:オートファジーはアルツハイマー病の原因物質を浄化・排出している?
オートファジーは長い間、細胞が栄養源を確保するために自身の一部を消化する行為だと考えられてきましたが、近年の研究により、細胞内の異物やゴミなどを分解し、再利用する「浄化」の働きがあることがわかってきました。
アルツハイマー病の原因物質と考えられている「アミロイドβ」に関しては、分解するだけでなく、細胞外に排出しているのではないかと実験によって示唆されました。今後のさらなる研究が待たれます。
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