認知症といえば、「さっき食べた食事の内容を忘れてしまう」「ニュースや読んだ本など、最近のことはすぐ忘れてしまうのに、昔のことはよく覚えている」などの記憶障害が主なものとして一般的にはよく知られています。
しかし、ピック病は一般的に知られている記憶障害などはあまり見られない、比較的珍しい認知症です。ピック病の症状やチェックリストなどを知り、いざというときにも慌てないようにしましょう。
ピック病とは?
ピック病は、初期には本人の自覚症状はほとんどなく、周囲の人から「怒りっぽくなった」「何かにひどく執着するようになった」「整理整頓ができず、探しものが見つからないことが多い」「周囲との関わりを無視し、勝手な行動をたびたび取るようになった」などと思われます。多くは加齢による性格の変化などと思われて見過ごされてしまいがちです。
しかし、症状が進んでいくと、「身なりに頓着しなくなる」「暑くても寒くても同じ服を着ている」「毎日同じものや自分の好きなものばかりを食べている」「片付けをしなくなる」といった行動が目立つようになってきます。さらに、買い物に行ったお店で食品を触ってだめにしてしまったり、欲しいと思ったものを手に持ってそのまま立ち去って結果的に万引してしまったりします。
食品を触る行動も、お金を払わずに商品を持ち去ってしまうのも、「柔らかいか確かめたい」「これがほしい」という欲求に対し、社会的にやってもいいかどうかの判断ができなくなっているため、と考えられています。食品を触ったら売り物にならなくなってしまう、お金を払わなければ万引になって捕まってしまう、というところまで考えられなくなってしまう脳機能の衰え、すなわち認知症の一種なのです。
一般的によく知られている認知症としては、認知症の過半数を占める「アルツハイマー型認知症」と、次に多い「脳血管性認知症」で、いずれも「もの忘れ」などの記憶障害、「今、どこにいて季節はいつ、何時なのか」などがわからなくなる見当識障害が特徴です。しかし、ピック病で万引などの症状が見られる段階ではこれらの症状はほとんど出ていないことが多く、病理医学的には「前頭側頭型認知症」の中核症状であると分類されています。
前頭側頭型認知症は、認知症の中でも比較的若い頃に発症する「若年性認知症」の一種で、平均発症年齢が40〜50代という点も認知症と疑われにくい一因になっています。働き盛りの年齢で発症することが多いため、社会的な活動の中で困りごとが増えてしまうのですが、初期症状が認知症とわかりづらく、一般的にもあまり知られていないことから行動が周囲に理解されにくく、発見が難しい認知症です。
どんなときにピック病を疑えばいいの?
おおまかな目安として、以下の10項目のような症状のうち、3つ以上が見られた場合はピック病の疑いがあります。
- 状況に合わない行動をするようになった
- 場所や状況に不適切と思われる悪ふざけや、配慮を欠いた行動が目立つ
- 周囲の人に対して、無遠慮な行為や身勝手な行動をしてしまう
- 意欲減退
- 引きこもりや何もしないなどの状態が続き、いっこうに改善が見られない
- それに対して思い当たる要因がなく、本人の葛藤なども見られない
- 身なりや周囲の状況に対して無関心になる
- 身だしなみに無関心になり、不潔になったりだらしなくなったりする
- 周囲の人や出来事に関心を払わなくなる
- 逸脱行動
- 万引などの軽犯罪を犯すが、自分がなぜしたのかわかっていない
- 周囲に注意されても、何度も同じ違法行為を繰り返してしまう
- 時刻表的な行動をとる
- 散歩や食事、入浴などの日常生活を時刻表のように毎日決まった時間に行う
- 同じ時刻に同じことをすることにこだわり、やめさせたり待たせたりすると怒る
- 食べ物に執着する
- 毎日同じものしか食べず、際限なく食べる場合もある
- とくに、甘いものやスナック菓子などを食べることが多い
- 言葉を繰り返す
- 同じ言葉を繰り返したり、他人の言葉をオウム返しにしたりする
- 好みが変わる
- 突然甘いものが好きになるなど、食べ物の好みが大きく変わる
- アルコールやタバコなどを好んでいた人が、毎日大量に摂取するようになる
- 発語や理解の障害
- 無口になったり、語彙が極端に少なくなったり、意味が理解できなくなったりする
- 短期記憶の維持
- 最近の出来事や日時、外出時に道を記憶するなど、短期的な記憶は保たれる傾向にある
ただし、このチェックリストで3項目以上当てはまった場合でも、ただちにピック病と確定するわけではありません。確定診断のためには、CTやMRIなどの画像診断で脳の萎縮を確認する、脳の血流を測定する検査を行うなどしたのち、専門医が総合的に判断します。ですから、これらの症状が見られて日常生活で困っているという場合は、ぜひ早めにピック病の専門医を受診しましょう。
ピック病は治療できるの?
2019年現在、ピック病を改善する薬などの治療法は確立されていません。前述のようにさまざまな診断を行ってピック病であることが確定した場合、対処療法として「盗癖・常同行動(同じ行動を繰り返す)・異食」のような異常行動を含む症状には「ドーパミン」を抑制する薬を、「意欲の低下・落ち込み・無気力」など抑うつ状態に似た症状には、興奮性を高める薬を処方します。
ピック病は、認知症の1つではありますが、アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症のようにもの忘れや見当識障害はほとんど現れないことから、一般的な日常生活を送るための記憶や今どこにいて何時なのか、といった機能は保たれていることが多いのです。そのため、認知症の患者さんとして扱うよりも、個々に現れている症状にフォーカスして対処する方が良いでしょう。
ピック病は、ある日突然性格が変わったり、万引などの反社会的な行動が目立つようになったり、決まった時間に決まった行動をしないと気が済まなくなったりと、認知症の中でも少し変わった症状が多いです。そのため、ケアとしてはこの「決まった時間に決まった行動をする=常同行動」を逆手に取る方法があります。
例えば、毎日同じ道を散歩する習慣を作る、行動の順序など本人が既に持っている生活習慣は邪魔をしない、立ち寄りやすい場所にはあらかじめ事情を話しておく、万引対策のためによく行く店には料金を前払いしておく、などの方法で問題が起こる前に未然に防ぐことができます。ピック病の場合、病気をよく理解して対処することが本人にとっても周囲にとっても負担軽減につながります。
おわりに:ピック病は認知症の一種。現れている症状に対して対処しよう
ピック病は認知症の一種ですが、認知症としてよく知られているもの忘れや見当識障害などの症状が見られないことや、性格面での症状が多いことから、なかなか脳機能の衰えである認知症と認識されにくい症状です。
そのため、認知症患者さんとして扱うよりも、現れている症状に対して個別に対処していくことが大切です。また、確定診断のためには専門医の診断が必要ですから、早めに医療機関を受診しましょう。
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