アルツハイマー型認知症とは、脳が萎縮する「アルツハイマー病」によって引き起こされるさまざまな症状のことを言います。高齢者に生じる認知症の中でも半数以上を占める非常にポピュラーな認知症ですが、いまだに完治できる治療法が見つかっていません。
しかし、完治できないなら逆に、発症する前に予防するのも一つの手です。この記事では、アルツハイマー型認知症の予防方法と、なぜ予防できるのかの理由をご紹介します。
アルツハイマー型認知症の予防方法って?
高齢化社会が進む日本では、もはや4人に1人が65歳以上の高齢者です。高齢者の疾患の中でもとくに完治できない症状として問題となるのが「認知症」ですが、中でもアルツハイマー型認知症は高齢者の認知症のうち50%以上を占める非常に患者数の多い認知症です。かつては欧米に多いとされていましたが、検査技術が確立されていくうち、日本人にもまた多いことがわかってきました。
認知症にはアルツハイマー型以外にも脳血管性、レビー小体型、前頭側頭型などがありますが、アルツハイマー型認知症は世界の認知症の約70%を占める圧倒的に割合の多い認知症なのです。つまり、将来的に誰でもかかる可能性があると言っても過言ではありません。アルツハイマー型認知症は進行性で、さまざまな原因と治療法の研究がされていますが、いまだにはっきりとしたことがわかっておらず、発症後に進行を食い止める薬剤は開発されているものの、完治することはできない症状としてもよく知られています。
アルツハイマー型認知症では、記憶をつかさどる脳の「海馬」が最初にダメージを受けるので、初期症状として人や物の名前を忘れてしまう「もの忘れ(記憶障害)」が多く見られるのが特徴です。軽いもの忘れは、認知症ではない人でも加齢によって誰でも経験するものですが、日常生活に支障をきたすようになってくると認知症と診断されます。
テレビのタレントの名前や、最近新しく買った、見たものの名前程度が思い出せなくても、日常生活に支障がない程度であれば「軽度認知障害(MCI)」と呼ばれ、認知症の手前の段階とされます。MCIの状態で適切な処置を行えば、健常な状態に戻ることも不可能ではありません。しかし、MCIのまま放置していると、半数の人が5年以内に認知症に進行するとされています。
近年の研究によれば、アルツハイマー病につながる予兆は発症の10〜20年以上も前から既に見られることがわかってきており、しかもMCI程度の早い段階なら予防・改善も可能だと考えられるようになってきました。中でもとくに効果的とされているのは運動と睡眠で、これらの生活習慣や質を見直すことが認知症の予防につながるとされています。
運動や睡眠、生活習慣の改善で予防できるのはなぜ?
では、なぜ運動や睡眠をはじめとした生活習慣の改善が認知症の予防につながるのでしょうか。運動・睡眠・その他の生活習慣と、それぞれの項目について、具体的に見ていきましょう。
運動が認知症の予防につながるのはなぜ?
アルツハイマー病の原因として近年、有力視されているのが脳の老廃物とされる「アミロイドβ」という物質です。これらの物質が脳に蓄積されたり、過剰にリン酸化されたりすると、海馬が萎縮したり神経伝達組織の機能が低下したりすると考えられています。しかし、最近の国内外の研究により、こうした脳内の負の反応は、運動によって改善できることがわかってきました。
研究によってわかってきたことは、主に以下のようなことです。
- 運動によってアミロイドβを分解する酵素が活性化され、アミロイドβの蓄積を防ぐ
- 運動によって筋肉細胞から放出されるイリシンというホルモンが、脳の細胞死を抑制する
- 運動によって体内の酸化ストレスが減り、タンパク質のリン酸化や蓄積を防ぐ
アミロイドβを分解する酵素に「ネプリライシン」というものがありますが、これは運動によって活性化されるため、運動をするとアミロイドβが蓄積されにくくなるという報告があります。また、筋肉から放出されるイリシンは、脳の細胞死を抑制する「神経栄養因子(BDNF)」を増やすため、海馬の神経細胞を活性化させたり、神経伝達機能を向上させるという報告もあります。
さらに、運動によって体内の酸化ストレス(ダメージ)が減少するほか、同時にインスリン分解酵素が活性化されるため、酸化ストレスによるタンパク質のリン酸化やインスリン分解酵素によるアミロイドβの分解を高める効果があるとも言われています。
とくに効果的とされている運動は、以下のような有酸素運動です。
- ウォーキング
- 軽いジョギング
- サイクリング
- エアロバイク
このように、運動の強度自体はそれほど高くない軽い運動で構いません。むしろ、強い運動を週に1回行うよりは、30分程度の軽い運動を週3〜4回、理想としては毎日行うことの方が大切です。運動の効果は短期間で感じられることもありますが、半年〜1年程度経つと効果がより明確になってきます。さらに、義務的に行うというよりは、運動自体を楽しんで行えるように工夫してみましょう。
また、運動をしながら頭(脳)も使うとより認知症予防に効果的です。例えば、ウォーキングや踏み台昇降をしながら「100から3を引き続ける」「2〜3人でしりとりをする」などの簡単な脳トレをすると良いでしょう。また、計算には次第に慣れて暗記してしまいますので、時々「100から7を引き続ける」「100から3と9を交互に引いていく」など変化をつけ、脳に新しい刺激を与えられるようにしましょう。
アルツハイマー病予防のためには睡眠も重要なの?
運動と同じくらい、アルツハイマー病予防に重要とされているのが睡眠です。睡眠中は脳も休んでいると思いがちですが、日中と比べると活動量が低下するというだけで、必要な栄養素(トリプトファンなど)を取り込んだり、不要な記憶を整理するなど、脳はさまざまな活動を行っているのです。
こうした睡眠中の脳の重要な活動の1つに、老廃物の排出があります。日中の活動によって生じた脳の老廃物を、脳脊髄液が循環して回収します。ここで不要なアミロイドβも回収・排出されるため、十分に睡眠をとっていればアミロイドβが過剰に蓄積されにくくなるのです。逆に、睡眠不足などで脳脊髄液が十分に循環できないと、不要なアミロイドβの回収・排出も不十分になり、過剰に蓄積しやすくなります。
アメリカ・ワシントン大学の研究によると、睡眠の効率が悪い人は良い人と比べて初期のアルツハイマー病を発症する可能性が最大で約5倍にも増えることがわかりました。もちろん、一般的に高齢になるほど睡眠の質が低下し、寝つきが悪くなったり朝早く起きすぎてしまうなどの睡眠障害を引き起こす人は増え、同時に臓器の機能も低下するので、アミロイドβなどの老廃物が蓄積しやすくなります。
つまり、睡眠障害とアルツハイマー病は、どちらが先で、どちらがどちらに影響を及ぼすのか、ということはまだわかっていません。しかし、この2つは相乗的な関係にあり、双方が揃うとアルツハイマー病が進行しやすくなるのではないかと考えられています。ですから、最近もの忘れが増えたと感じる場合、まず睡眠不足を解消するとともに、睡眠の質を高める工夫が重要です。
また、睡眠については、昼寝の習慣もアルツハイマー病の予防に効果的だと考えられています。以前から適度に昼寝をすると午後からの仕事や勉強の効率が高まることは広く知られていましたが、昼寝の習慣はさらにアルツハイマー病の発症リスクを5分の1にまで下げるという研究結果も出てきています。これは、アルツハイマー病のリスク遺伝子である「アポリボ蛋白E4遺伝子」を持つ人でもやはり発症リスクを下げられると指摘されています。
しかし、とにかく好きなだけ寝ればよいというわけではなく、昼寝の時間は30分以内が良いようです。それ以上寝てしまうと逆効果になるため、明るい部屋でソファや椅子に腰かけて少しうたた寝するぐらいがちょうどよいと考えられます。
会社に勤めている人はなかなかこの昼寝の時間がとりにくいですが、最近では会社を挙げて昼寝の時間を設けているところもありますし、昼休みに出た喫茶店で軽くうたた寝するのも良いでしょう。上手に昼寝タイムを工夫し、アルツハイマー病の予防を心がけてみましょう。
その他、アルツハイマー病につながる生活習慣って?
その他、糖尿病や喫煙・過度の飲酒などもアルツハイマー病につながる可能性があり、これらを予防することがアルツハイマー病の予防にもつながります。
例えば、九州大学の調査によれば、糖尿病やその予備軍とされる耐糖能異常の人などでは、健常な人と比べてアルツハイマー病を発症するリスクが約4.6倍にものぼると報告されています。高血糖がどのようにアルツハイマー病を引き起こすのかはまだ解明されていませんが、高血糖による酸化ストレスの増加、インスリン分解酵素の活性低下によるアミロイドβの蓄積などが関わっていると考えられています。
とくに、最近の研究ではインスリンの関与が指摘されています。高血糖状態が続いてインスリン抵抗性(細胞に対し、インスリンの機能が働きにくくなること)が生じると、アミロイドβの蓄積が進み、アルツハイマー病の人の脳で多く見られる「老人斑」が形成されやすくなります。さらに、高血糖によってインスリンが過剰に分泌されると、インスリン分解酵素の機能も低下しやすくなります。
インスリン分解酵素は、インスリンだけでなくアミロイドβも分解する働きがありますので、インスリン分解酵素の機能が低下するとアミロイドβが蓄積され、アルツハイマー病が進行するのではないかとも指摘されています。ですから、糖尿病やその予備軍とわかったら、アルツハイマー病予防のためにも血糖値コントロールに取り組んでいきましょう。
また、喫煙や過度な飲酒もアルツハイマー病のリスクを高めます。とくに、喫煙については過去にアルツハイマー病を予防するとされていましたが、その後の研究によってアルツハイマー病はもちろん、脳血管性認知症のリスクも高める要因となることがわかりました。海外の研究報告によれば、喫煙と過度な飲酒の両方の習慣がある人では、脳の認知機能の低下が約36%も早まることがわかっています。
最近、もの忘れが多いと感じ、喫煙や頻繁・大量な飲酒の習慣があるのであれば、ぜひ禁煙と節酒を心がけましょう。
おわりに:アルツハイマー型認知症は、完全ではないが予防できる
アルツハイマー型認知症は、その原因も治療法もまだ確立には至っていませんが、原因となりうるいくつかの物質は指摘され始めています。そのうちもっとも有力視されている「アミロイドβ」は、運動や睡眠など生活習慣の改善によって蓄積されにくくなることがわかってきています。
軽い有酸素運動や・質の良い睡眠・昼寝・血糖値コントロール・禁煙や節酒など、生活習慣の改善は、アルツハイマー型認知症の予防にもつながるのです。
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