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認知症の人の鉄道事故、誰に責任がある?

認知症

認知症の症状としては、もの忘れなどの記憶障害や、いまどこにいるかわからなくなってしまう見当識障害が有名ですが、他にも判断力が低下したり、感情や衝動をコントロールできなくなったり、といった症状が見られることがあります。

このような状態で徘徊の症状が加わると、線路に入り込んでもそれが危ない場所だとわからず、死亡事故につながってしまうこともあります。このような場合、その責任は誰にあるとされるのでしょうか?

現在の判例からみる認知症の事故の責任とは?

認知症の人が引き起こしてしまった鉄道事故として、有名なのが2007年(平成19年)に愛知県大府市で起こった人身事故です。事案は、12月7日にJR東海道本線共和駅において、認知症の男性が徘徊して線路に立ち入ってしまったところ、走行してきた列車にはねられて死亡したというものです。

この男性は当時91歳で要介護度4、認知高齢者自立度4という認知症の重度の段階であり、身だしなみや居室の掃除はもちろん、食事や排泄にも介助を必要とする常に目を離せない状態であるのに加え、日常生活に支障をきたすような行動や意思疎通の難しさが頻繁に起こっていました。

この事故によって電車が遅れたことから、JR東海は男性の遺族(当時85歳の妻と57歳の息子)に対し、振替輸送などにかかった費用720万円を支払うよう、損害賠償請求の訴訟を起こしました。一審の名古屋地裁では、妻と長男に責任があったとして全額の支払いを命じ、二審の名古屋高裁では、妻にのみ責任があるとして半額の360万円の支払いを命じました。

ところが、この判決に対し、認知症の人を在宅で介護している家族グループなどをはじめとした同様の境遇の人々から「介護の実情をわかっていない」などとして、批判が相次ぎました。その他諸々の事情を加味し、最終的に最高裁が下した判決は「妻にも長男にも監督義務はない」とし、一切の賠償金を支払う必要はないとするものでした。

「監督義務」ってなに?

例えば、小さな子どもがスーパーでお菓子を万引してしまったとします。すると、子ども自身に責任を負う能力はないとされていますので、保護者の大人がお金を払うなどの賠償を行います。このように、自分の行動に対して責任を持てない人が他の人に損害を与えてしまった場合、日本の民法では、その人を監督する義務がある人が賠償すると定めているのです。

多くは上記のように、子どもが起こした事故で保護者が監督義務を負うというケースであるため、認知症の大人が自己を起こした場合、その監督義務はどこにあるのかはっきりしていなかったのです。

そもそも「責任を負う能力」とは、「自分のした行為が違法なものとして、法律的に許されないものだと理解している能力」ということで、ケースバイケースで判断されるものですが、一般的にはだいたい小学校を修了する12歳くらいになると、責任能力がつくと判断されることが多いです。

認知症の人もこうした「責任を負う能力」がないと判断されるため、認知症の本人はこの件の責任を負うことができません。そのため、子どもと同じように、誰か責任能力のない人を監督する義務がある人(監督義務者)が責任を負うことになるのです。この鉄道事故の場合は、妻と長男が監督義務者に当たるかどうかが大きな争点になりました。

最高裁が賠償責任なしとしたのはなぜ?

一審・二審のいずれも、同居していた妻は現実に介護を行っていたのだから、この認知症本人の行動を制御できる立場にあり、監督義務者としての義務を怠らなかったとは言えないとしています。二審では、長男は普段は別居しており、月に3回程度実家を訪問する程度だったことから、日頃の行動に関与しておらず、監督義務者とは言えないとしたのです。

これらの判決に対し、最高裁では、「認知症の人が起こした第三者に対する加害行為について、監督義務者の地位を認めるためには、単なる法令上の監督義務だけではなく、現実に具体的に加害防止のための監督ができるかどうかという視点を具体的に判断すべきだ」とし、この点から妻と長男のいずれにも監督義務はないと判断しました。

とはいえ、これはあくまでも今回の事例の場合であり、認知症の人が事故を起こしたときは一般的に親族に責任はないとする、としたわけではありません。今回の事例では、妻は夫同様に高齢であり、夫よりも非力であることから、介護はできても加害防止の対策を万全に行えたとは言えないでしょう。長男に関しては、二審でも述べたように、監督していたとは言いづらい状況です。

しかし、例えば70代〜80代くらいの認知症の親に対し、30〜40代くらいのまだまだ元気で体力もある子どもが同居して毎日介護をしていたとすれば、監督義務がないとは言い切れないでしょう。もちろんケースによりますが、このような場合は責任が発生する可能性は高いと言えます。

認知症の事故に対応する保険も増えている?

少子高齢化が進む日本において、高齢者が増えることで、高齢者で発症しやすい認知症の人も増えています。そのため、前章でご紹介したような認知症の人が引き起こした損害に対し、補償を行うための保険も増えてきています。鉄道事故遅延は対象外だったり、監督義務者が別居の親族の場合は補償されなかったりなど、内容は各保険会社によって異なりますので、よく検討してみましょう。

例えば、単独で入れる個人賠償責任保険として、リボン少額短期保険が平成17年8月に「リボン認知症保険」を発売しています。保険料は年間19,800円(補償額500万円)とやや割高なものの、「店内でトラブルを起こし、備品を壊してしまった」「駐車中の車を傷つけてしまった」「水を出しっぱなしにして下の階に漏水させてしまった」など、日常生活で想定されるさまざまな被害をカバーしてくれます

とはいえ、個人賠償責任保険でカバーされないケースが自動車運転中の事故です。高速道路の逆走やブレーキとアクセルの踏み間違いなど、高齢者の事故は後を絶ちませんが、任意保険の対人賠償や対物賠償では、運転者本人の責任能力がない場合、本人の賠償責任を問えず「加害者不在」となりかねません。

三井住友海上やあいおいニッセイ同和損保など、大手損保はこうした場合でも被害者に保険金を支払えるよう、「心身喪失等による事故の被害者救済費用特約」といった制度を設けるなどし、できるだけ被害者を手厚くサポートできるよう改定を進めています。他にも、「神戸モデル」と呼ばれる神戸市の救済制度では、監督義務者不在の認知症の人が起こした事故でも神戸市から被害者に見舞金が補償されます。

認知症の事故を助けてくれる自治体もある?

前述の「神戸モデル」のように、認知症の人が起こした事故を自治体が独自に補償しようとする動きが全国に広がっています。認知症の患者さんを在宅で介護する家族にとっては、本人の安全はもちろん、徘徊や暴言・暴力などでよその誰かに損害を与えてしまったらという心配が常について回ります。

そこで、自治体が民間の保険会社と契約、あるいは事業を委託し、認知症と診断されて徘徊の恐れがある住民に登録・加入を行ってもらうものの、保険料は本人や家族が負担することなく、全額自治体が負担する賠償保険制度を導入する自治体が増えてきました。登録者が何らかの事故を起こしてしまい、家族が損害賠償責任を負うことになった場合、最大で数億円の補償金が支払われます。

このような独自の保険に取り組んだのは、神奈川県の大和市が2017年にスタートしたのが全国で初めてでした。その後、愛知県大府市、栃木県小山市、福岡県久留米市、兵庫県神戸市などが続き、さらに事業をスタートする自治体は増えています。

認知症の人が原因で事故が起こったとき、その責任を個人に追求するのではなく、社会全体として負っていこうとする動きは、これからも進む高齢化と、やがて迎えることになるであろう「認知症700万人時代」に対する備えの一つと言えます。

最初にご紹介した2007年の鉄道事故によって、在宅介護に不安を覚える家族や、病院や施設での受け入れ拒否・身体拘束・閉じ込めなどが増えるのではないかと懸念されました。そこで、認知症の人やその家族を切り離された存在とせず、社会全体で支えていこうとするこのような動きが必要になってきたと言えるでしょう。

おわりに:認知症の人の事故は「監督義務者」が争点になる

認知症の人は、責任能力がないと判断されるため、認知症の人が起こした損害に対する責任は「監督義務者」が負うことになります。子どもに対する監督義務は保護者が負いますが、認知症の大人に対する監督義務はケースによって変わってきます。

しかし一方で、被害者に対する補償も大切です。そのため、自治体や民間の保険会社などでは、認知症の人が起こした損害を補償する保険を続々とスタートさせています。

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